弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

雪国の夏

魚沼もまた例年より暑い。ニュースでは今年の田んぼの水温は10度も上がっていて、新米コシヒカリの値が上がりそうだといっていた。

それでも雪国の夏は短い。昨晩布団に入った時、母が「もうお盆になれば風が秋みたいになる」と言った。昼も夜も絶え間なくキリギリスの、何かこすったような音がこのアパートを包んで、スコンと眠りに落ちていくとき、闇の向こうでひぐらしがひとつ、響いた。目を閉じているとそれは水面に広がる波紋のように広がって、夜に溶けていった。

 

塩沢あたりを運転しながら国道17号線沿いの田んぼを眺めていると、夏はどこか現実味がないなと思う。冬、あれほど巨大な雪が降り積もり、空は白く閉じてしまうのに。夏の空はどこまでも高く、入道雲が支配するので、信号を捉える目の端で、ふと目が合ってしまうと、巨人に出くわしたようにゾッとする。越後三山に囲われた稲穂の海は、ひたすらに夏を底から明るくする。雪国は年中明るい。冬は白く、夏は青い。

この輝きを宇宙から見たら、ここだけとびきり光ったりするんだろうか。これほどの季節の振れ幅がある土地には、相応の力が眠っているような気がする。それは荒々しい熊野灘と岩の多い山々にぎゅっと圧縮された熊野とか、山の中に四季と全国の植生が詰め込まれた屋久島とかと、似たような圧だと思う。

 

その振れ幅は母そのものだ。でも生じる圧は身体に堪える。

 

魚沼に住み続ける祖母や、スイカを作る本家の人々などを思うと、改めて母の気質に、何か相容れないものが混入してると思い至る。昨晩もぽこを傍らによせ撫でながら、パジャマ姿の母は窓から駅を見下ろし、ついさっき「この風が一番好き」と言ったのと同じ口で、「次の休みは東京にでも行こうかなあ」というようなことを呟いた。新幹線の発射音が鳴った。

 

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国道より、上越線から見た魚沼が一番きれい