弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

伊勢に通って10年経って 愛してやまない鳥羽の海

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伊勢の内宮 宇治橋



ハワイから京都に帰ってきたとき、バス停を降りてすぐに、ヒノキの香りがした。夜風に混じって、どこかへ誘うように。夫も「京都ってこんな匂いだったんだ」と口にする。近くの神社から香るのか。それにしても、こんなに強い香りを、生活のうちに浴びていたのか。ハワイ島へ降り立ったとき、あまり香りがした。帰国して池澤夏樹さんの「ハワイイ紀行」を読んだ時、それがグアバの木の香りであることがわかった。土地の香りは、よそ者の感覚がなければわからない。

 

家に着くまでのつかの間、ヒノキの香りは一層強くなる。瞬きの間に、愛おしい景色が広がる。伊勢。一度行きたくなると止まらない。でもなあ、お金のこともあるしなあ。と、一度は脳みそにしまい込む。

 

翌朝、テレビをつけた途端に伊勢志摩のCMを見たので、「あと1回、伊勢を見たら夫に相談しよう」と心に決める。直後のオンライン打ち合わせで、こちらが投げかけたわけでもないのに「お伊勢さん」の話題になる。というわけで週末、節約のため車中泊のつもりで布団を車に押し込み、2泊3日の伊勢の旅に出た。

 

伊勢に行くと必ず立ち寄る場所がいくつかある。外宮さん内宮さん、江戸時代から続く老舗調味料屋が経営する「蔵deらーめん」と、その近くのブティック「BRIQUE.」。BRIQUEのナオミさんはひょんなきっかけで仲良くなり、以来お店に遊びに行っては長話をする。ハワイでのことを色々話すと、彼女はイギリスに行ったときのことを教えてくれ、今後何をやろうと企んでいるかを報告し合う。お互いの返す言葉にお互いがハッと気づかされるものがあり、何気無い会話だが一種の確認作業になる。

 

その最中に地元の女性が「ナオミさん、あのスカートまだある?」と入ってくる。気づくとみんなで談笑になる。見た目はおしゃれな洋服屋さんだが、伊勢内外の人が自然と輪になるコミュニティの場でもある。次はお互いの夫を交えて食事をしようと約束。帰り際、目についた丈の長いベロアの秋用ガウンを購入。それを見た夫が「弥恵ちゃんのための服みたい」と感心する。夏に活躍してくれたシースルーのガウンもここで買ったんだっけ。わたしが買う服はいつも青。

 

ラーメンを食べて旭湯へ。ここの銭湯には露天風呂があり、ご主人が毎日二見浦の海水を汲み上げ、お清めの風呂として提供している。かつて伊勢参りは、まず二見浦の海へ入り、身を清めるのが習わしだった。それに倣っているらしい。2人ともしっかり浸かり、すっかり眠くなる。某所へ車を停めると、3連休で車中泊の車がいっぱい。結局浅い眠りしか得られなかった。アウトドアやサバイバルスキルがあっても、神経質な身体がそれに追いつかない。長年の悩みです。

 

夫婦岩

 

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台風でちぎれたという縄が、しっかり結び直されている。外宮へ行くと、朝7時でもすごい人。数年前まで、朝方はそれほど人がおらず、シーンとしていたものだったのに。人はなぜ祈るのか。少なくとも、世の中が不安定になるほど、神社さんというのは儲かるんだろうなあと邪推する。明日の内宮はうんと早起きして6時に行くことにする。

 

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鳥羽へ。鳥羽マルシェへ行くと、伊勢海老の解禁日ということで、なんと三百円で汁物が配られる。えび好きの私、これを3杯平らげる。2日目は民宿に泊まる。15時ちょうどに到着。鳥羽、安楽島のリゾートエリアとは正反対にある、港町の隅っこ。私は鳥羽が好きだ。伊勢は海側が大好き。ここにくるといつも穏やかな気持ちになる。そしていつも晴れている。このまちの雨の景色はどんなものだろう。

 

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部屋から夫が撮ってくれたやつ。しょちゅう指入ってるんだよね

 

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海岸線でぼうっとする。今更ながら、なんで伊勢にきたんだっけと思う。伊勢にくるのはいつも突発的で、後先が無い。気分が高まるとついきてしまう。だからって何があるわけでも無い。でもきっと何かあるんだろう。夕方の港は静かだ。

 

「一栄」という地元の人で賑わう海鮮料理屋へ。

 

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酔っ払って、ずいぶん早く寝た。夫は4時に目が覚め、港から船が出ていくのを堤防で見ていたという。安楽島には氏神さんが、お参りした範囲では2箇所ある。そのうちの伊射波神社はよかったなあ、ちょっとしたハイキングが伴うが、前に夫と行った時はたまたま地元の人たちが巫女舞を奉納していて(地元の中学生が担うらしい)、一緒にスイカやジュースを振る舞っていただき、おまけに軽トラで下まで乗せてってもらった。いい思い出がある。

 

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2016年夏に訪れた時の写真


内宮に参った後、もう一度こっちに帰ってみようか。ひとまずは内宮に急ぎたい。

 

というのも、今や内宮を静かに参拝するには6時台には鳥居をくぐりたい。参拝には1時間から長くて2時間かかる。なんせ広い。そして3連休だ。以前は9時までに入れば静かだったが、観光バスの乗り入れが9時台に早まっているのか、10時には人が多くなる。おかげ横丁も、9時台に開く店がポツポツ出てきた。ひとまずは内宮へ。

 

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五十鈴川

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鳥居をくぐり、五十鈴川まできたら、写真をとって、夫と別れる。参拝そのものは、我が家はそれぞれで集中してやることが多い。夫婦で並んでぱんぱんすることもあるけれど、それぞれでやることが増えた。まあ、単にお互い気を散らせたく無いだけなんだが。神前では、夫婦である前にただの人でありたい。

 

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参道を歩いていると、見覚えのある舞台。ああ!と思わず声をあげる。大人になって久しく伊勢にきた時、同じ神楽舞台を見たのだ。横には母がいた。22歳だった。そこから、1人でなんども足繁く通った。あれからちょうど10年、また神楽舞の日に舞い戻ったのか。前日、夫が「なんか伊勢にきたら、年末みたいなんだよねえ」といってた気分がわかった。秋分の日ってだけじゃ無く、我が家では何かの区切りの日なのだ。それこそ10年単位の。

 

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おかげ横丁の河原にて。なに書いてんだろ

参拝を済ませた後、夫はコメダ珈琲でゆっくり読書がしたいという。私は1人車を走らせ、もう一度鳥羽を目指した。伊射波神社。車を停め、竹林や海岸線、山道を歩いて30分。その途中、海に面した鳥居のところで、誘われるように砂浜へ出た。朝の空と海の間が、太陽の光で溶けて白く、その様を歌いながら胸を開いて、身体に迎え入れていく。不思議といつも浮かぶ歌。すると肺のあたりから熱いものがこみ上げ、ぎゃーっと泣き出す。

  ってお前いつも泣いてんなあ、ってそろそろ思われるころなんだけど、全身で景色を受け止め入れ混じった時、どうしても叫びと涙が出てくる。セックスの時って声出ちゃうでしょ。景色と溶けあうと涙が出るんだよ。

 

足音がして、思わず振り返ると、地元の人らしきおじさんが参拝を終えて降りてきた。わたしは御構い無しに泣き続けた。これを出し惜しみすると、あとで体にモワモワが残って辛いのだ。ウギャアーと泣いていると、なんとおじさん、砂浜まで降りてくる。「頭のおかしな女がいる」ってことで立ち去ってくれるものかと思ったのだが。

 

出し切るところまで出し切り、鼻水がダラッダラ垂れた顔でおじさんに声をかける。「びっくりしたでしょう、わたし感動すると泣かないと体が辛くて」と近寄ると、おじさんはなおびっくりした様子。「泣いてるなあと思ったんやけど、いやあ、元気やなあ」。

 

そこから30分ほどだろうか、立ち話で盛り上がる。おじさんことK川さんは、今日は娘さんの大会の必勝祈願で参ったらしい。相差生まれだが鳥羽市内に住んでおり、近海の漁業のことや環境の変化、信仰、鳥羽市の観光事情にとても詳しい。伊射波神社は天照さんの子供が祀られているのを教えてもらう。わたしはとても鳥羽が好きなこと、どうして好きなのかをあれこれ話す。やがて話題は観光のことになり、前日のナオミさんとの会話を思い出しながら、つい持論を展開する。

 

「伊勢は京都に比べ、外国人観光客が少ない。熊野はグリーンミシュランに掲載されてるのでフランス人がとても多いけど、あっちは高野山とセットです。個人的にはいない方が、静かでとても好きだけど、本質的に日本を知ってもらうには、伊勢は欠かせないですよね。

 

ただ、わたしの友人で中国人の女性が、『伊勢行ったけど、内宮は鳥居どーん国家神道皇室ウエイって感じで、なんかはねのけられてる気持ちだった』と言っていて。そのアレルギーも良くわかるんです。明治神宮は今や外国人ばかりですが、それは原宿の横にあるから、都市の中に広大な緑があるからそこに惹かれるんです。

 

伊勢は自然に囲まれた信仰の地です。だからこそ、わたしは伊勢志摩、鳥羽の海と、そこにある海女さんや漁業の生活、それと信仰が混ざったこの海の暮らしこそ、伊勢のあり方として伝えていくべきなんじゃ無いかと、手前勝手な観光客の気持ちながら、ふと思うんです。

 

この海には、自然を信仰する人の思いと暮らしが、そこかしこに滲んでいる。だから安らぐんです。これは本当に、伊勢の精神として多くの人に知ってもらうべきだと。なんせ海女の歴史は、縄文時代からあるわけですよね。倭姫がきて、伊勢神宮ができるずっと前から」

 

K川さんはなるほどとうなずきながら、鳥羽の取り組みについて色々と教えてくれる。「全ては時間をかけてやることですよね」という一言がしみ、「会ってみたら面白いかもしれない」と、移住して海女さんになった女性のことを聞いた。

 

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「絵になっとった」ってことでおじさんに撮ってもらいました


 

興奮のままコメダ珈琲へ戻ると、夫はすでに駐車場に立っていた。乗り込んだ瞬間から一部始終を話すと、「そっかそっか」。

 

ずいぶん後、ランチタイムになって、ふと「てかなんで駐車場に立ってたの」と聞くと「弥恵ちゃん、約束の時間からもう45分も経ってたで。俺、ずっと駐車場におったんやけど。。。」

 

「ぎゃーそうだったのごめん!」と謝ると、

 

「まあ、土地の妖精さん(わたしが旅の途中で地元の人と出会うことを彼はこう例える)と出会ったならしゃあないわい〜と思って言わんかった」と夫は笑う。

 

おおらかな夫で本当に良かった。車中泊でもぐっすり眠れる人である。わたしは時計をしていたのに時間を見ず、携帯を持っていたのに電話をするのも忘れていた。お詫びの気持ちを込めて、帰りはわたしが運転する。が、結局1時間で交代してもらった。

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そこら中で彼岸花が咲いてる。秋だね